今を生きる男子学生の走り書き

メモ帳みたいな使い方で、適当に書いていきます。

うまくいかない。そう感じるときは。

 みなさんこんにちは。

 

 

表題の通り、今回はそんなときのことについて書いてみたいと思います。

 

うまくいかない。今日も、具体的ではないですがそう感じることがありました。

 

大学のゼミ活動で、後輩のサポートをする機会がこのところありました。

 

サポートというと抽象的ですが、講義の中でちょっとわからないところがあると、先生が個人個人で対応できないため、ゼミ生がちょっと対応するというようなことです。

 

そういう機会があって、まあ講義は進んでいきます。

 

しかし、ちょっとわからないところがあっても、つまずいているところがあっても、

質問をしてくる人がいません。

 

基本的に自分で気づけるのが一番だと自分では思っているので、求められたときに応じようとしていました。

 

それでもやはり、聞きずらいのか、聞くのが嫌なのか要求をしてくる人はいません。

 

この考えが間違いだとか、正解だとかを論じるつもりはありません。

 

しかし私の場合、挙動不審な点があって、ほかの学生たちが「この人大丈夫なのかな?」「なんか不安だなーー」と感じていたので質問しなかったのではと考えてしまいました。

 

まあもちろん、私ではなく飛び切り美人なあの人がこの場にいたらきっと学生たちも数倍頑張るし、積極的に質問していたであろうとは思います。

 

もう一人サポートで同学年の人がいたのですが、その人は何回か質問を受けたり、対応している姿をみました。

 

やはり、私みたいに外見からしてちょっと不安要素のある頼りなさそうな人には、聞きたくもない と思われたのかもしれません。

 

っと、ここまでが大体私が感じていたつらい気持ちです。

 

今までの私は、悪い方に悪い方に自分で追い込んで考えていました。

自分で自分を傷つけていました。

 

しかし最近、ある動画をみました。リンクを貼っとくので気になる人は見てみてください。

Guy Winch: "Emotional First Aid" | Talks At Google

 

実は私、中学生くらいの時から自分で自分を傷つけていました。

そのことに気付いたのは、高校3年くらいの時です。

 

なぜ数年前に気付いていながら、今なにも変わっていないのか?

 

それは習慣というものを変えるのは難しいからだと思います。もちろん、生活習慣も、思考や精神的な習慣もです。

 

習慣を変えていくために、小さなことから変えていく。それを継続して広げていく。

 

その一歩として、今日のようなことを振り返るついでにこう唱えるようにします。

 

 

「今日は素晴らしい一日だった。」

 

「明日もきっと素晴らしい日だ。」

 

 

おまけにこう付け足しときます。

 

 

「私はすごい。」

これは、斉藤一人さんという人について書かれていたサイトで発見したもので、

この言葉を自分に対して言い続ける。そうすることで、自信を持てるということです。

 

なにかをやりたいなら、とりあえずでいいからなんかやってみる。

 

私はとりあえず、自分に対してこの言葉を唱え続けることから変えていきたいです。